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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和39年(ネ)81号 判決

控訴人 福原重好

被控訴人 野原正二

主文

控訴人の新請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は、当審において訴を交換的に変更して、「被控訴人は控訴人に対して金二十一万五千円、およびこれに対する昭和三十一年十二月二十日から完済に至るまで年六分の割合による金員の支払いをせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決、および仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、「(一)、被控訴人は控訴人に宛てて、金額二十一万五千円、満期昭和三十一年十二月十九日、支払地礪波市、支払場所北陸銀行礪波支店、振出地若林村狐島三七五〇、振出日昭和三十一年十月十九日とした約束手形一通を振出した。(二)、控訴人は右約束手形(以下「本件約束手形」という)をその満期に支払場所に呈示して支払いを求めたが、支払いを拒絶され現に所持している。(三)、本件約束手形の手形金債権は満期から三年間の消滅時効期間の経過によつて、昭和三十四年十二月十九日消滅した。(四)、昭和三十一年六月二十六日、控訴人は被控訴人に対して、金融を得させるために(いわゆる融通手形として)金額六十九万千二百円、満期同年八月二十六日とした約束手形一通を振出したが、同年八月十八日、右約束手形を、金額三十万円、満期同年十月十日、金額三十九万千二百円、満期同年十月十八日の二通の約束手形に書替えた。そして、被控訴人は右の書換えた二通の融通手形を同年八月二十七日に中越信用組合で割引きを受け、控訴人は右二通の約束手形の支払いをした。これに対して被控訴人は、控訴人から振出しを受けた右二通の融通手形の決済のために、昭和三十一年十月十九日、控訴人に現金四十八万円を支払うとともに、本件約束手形を振出したのであるが、前記のとおり本件約束手形はその支払いが拒絶され、かつその手形金債権は時効によつて消滅した。したがつて、被控訟人は、本件約束手形振出しの原因となつた控訴人が被控訴人に宛てて振出した融通手形の割引により、本件約束手形の手形金に相当する利得を得ているから、その償還を求める。」と述べ、被控訴人の抗弁に対する答弁として、「手形法上の利得償還請求権は手形行為によつて生ずるものではなく、また他の何らの商行為によつて生ずるものでもない。手形上の権利が手続の欠缺、もしくは時効により消滅したときに、実質上の衡平を確保するために不当利得の法理に基いて手形法上特に認められた制度であり、所定の要件が充足されれば当然発生する権利である。したがつて非手形請求権と解すべきであるから、その時効期間は普通債権の時効期間、すなわち十年間と考えるのが相当である(大審院判決明治四十五年四月十七日、同大正八年二月二十六日)。」と述べた。証拠〈省略〉

被控訴人訴訟代理人は、控訴人の当審における訴の交換的変更に同意したうえで、主文第一項同旨の判決を求め、答弁、および抗弁として、「(一)、被控訴人が控訴人に対して、控訴人主張のとおりの要件を記載した約束手形(本件約束手形)を振出したこと、本件約束手形が満期に呈示され、その支払いを拒絶され、控訴人が現にこれを所持していること、本件約束手形の手形金債権が満期から三年の消滅時効期間の経過によつて消滅したことは、いずれも認める。(二)、控訴人が主張する本件約束手形振出しの原因事実は否認する。本件約束手形は、被控訴人が控訴人から買受けることを約束した魚粕五十俵の代金支払いのために振出したものであるが、控訴人は被控訴人に売渡すことを約束した右魚粕を被控訴人に引渡さないで、北蟹谷農業協同組合へ売渡してしまつたのである。したがつて、本件約束手形の手形金債権が時効に因り消滅したことによつては、被控訴人は何も利得していない。(三)、仮に本件約束手形の手形金債権の時効消滅によつて、被控訴人が利得を得たとしても、手形法上の利得償還請求権の消滅時効期間は商法第五百二十二条の類推適用により五年間と解すべきであり、控訴人が当審における訴の交換的変更により利得償還請求の訴を提起したのは昭和四十年三月十日であるから、控訴人の本件約束手形についての利得償還請求権は、右の訴の提起前である昭和三十九年十二月十八日に五年間の消滅時効期間の経過によつて消滅した。」と述べた。証拠〈省略〉

理由

被控訴人が控訴人に対して本件約束手形を振出したこと、控訴人が本件約束手形その満期に支払場所に呈示して支払いを求めたが、支払いを拒絶されて現に所持していること、本件約束手形の手形金債権が、満期である昭和三十一年十二月十九日からその消滅時効期間である三年間の経過、すなはち昭和三十四年十二月十九日の経過により、時効によつて消滅したことは、いずれも当事者間に争いがない。

控訴人が、当審における訴の交換的変更によつて、本件約束手形に関する利得償還請求の訴を提起した日が、昭和四十年三月十日であることは明らかである。

そこで、被控訴人の、控訴人の本件約束手形に関する利得償還請求権は、時効によつて消滅したとの抗弁について考える。

手形法上の利得償還請求権は、手形上の権利が遡求権保全手続の欠缺、または時効によつて消滅したことを発生の要件とするものであるから、手形上の権利でないことは明らかであり、また手形行為、その他の商行為に因つて生ずるものでもないが、他方償還義務者の利得は法律上の原因を欠くものではなく、償還義務者に債務不履行や不法行為があることを要するものでもないから、民法上の不当利得返還請求権や損害賠償請求権でもなく、手形法が手形上の権利について短期の消滅時効期間を定め、また遡求権の保全について厳格な手続を定めた結果、手形債権者が時効、または遡求権保全手続の欠缺によつて手形上の権利を失つた場合に、手形上の債務者が手形授受の原因関係について得た利益をそのまま保持できることとなることは不公平であるところから、手形上の権利を失つた手形債権者と利益を得た手形債務者の公平を計るために、手形法が認めた特別の権利であり、償還請求権を取得する者と償還義務者とが手形授受の直接の当事者であることを要しないことも考えると、実質的には手形上の権利の残存物、ないしは変形物ともいうべきものである。右のような利得償還請求権の性質、および手形法が手形上の権利について一般の商事債権よりもさらに短期の消滅時効期間を定めて手形行為に因る権利関係の迅速な決済を計つていることを考え合わせると、利得償還請求権の消滅時効期間については商法第五百二十二条本文を類推適用して、五年間であると解するのが相当である。利得償還請求権が前記のとおり手形上の権利でなく、また商行為に因つて生ずる権利でもないということから、その消滅時効期間は民法第百六十七条第一項により十年間であるとするのが従来の判例である(大審院明治四十五年四月十七日判決、同大正八年二月二十六日判決、同大正十年二月十六日判決)ことは、控訴人の主張するとおりであるが、右の見解は利得償還請求権の法律上の形式的性質の面のみを重視し、その実質的性質を軽視するものであり、また手形上の権利について特別の短期消滅時効期間を定めて、手形に関する権利関係の迅速な決済を計つている法律の建前との調和を缺くものであつて妥当でないと考える。してみると、仮に、本件約束手形の手形金債権が、昭和三十四年十二月十九日の経過により時効に因つて消滅したため、控訴人がその主張のとおりの被控訴人に対する利得償還請求権を取得したとしても、控訴人が右利得償還請求の訴を提起した昭和四十年三月十日より前である昭和三十九年十二月十九日の経過によつて、その消滅時効期間である五年の期間が経過しており、その間に時効中断事由があつたことについて何も主張、証拠がない以上、控訴人が取得した被控訴人に対する利得償還請求権は昭和三十九年十二月十九日の経過によつて消滅したものといわなければならない。

してみると、控訴人の請求は他の点について判断するまでもなく理由のないことが明らかであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第九十六条、第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 西川力一 寺井忠 高橋正之)

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